東京地方裁判所 昭和42年(行ク)52号 決定 1967年11月23日
原告 侯栄邦
被告 東京都公安委員会
主文
申立人の昭和四二年一一月一三日は集団示威運動許可申請に対し、被申立人が昭和四二年一一月二〇日付でした別紙三記載の許可に付された条件のうち、「公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路を次の通り変更する。
日比谷公園西幸門内―霞が関派出所前交差点左―虎の門交差点右―溜池交差点左―六本木交差点―材木町交差点―霞町交差点左―日赤下交差点左―盛岡町派出所前右―有栖川記念公園前(解散地)」の部分の効力を停止する。
申立費用は、被申立人の負担とする。
理由
一 申立ての趣旨および理由
別紙一に記載のとおり
二 被申立人の意見
別紙二に記載のとおり
三 当裁判所の判断
1、本件申立てと疎明によれば、申立人が台湾青年独立連盟の組織部長として、昭和四二年一一月二七日に来日する中華民国国防部長蒋経国の来日に反対の意思を表示するため、同月二四日に日比谷公園から港区元麻布三丁目四番地所在中華民国大使館前を通り有栖川公園まで前記連盟員を中心とする集団示威運動を行なうべく、昭和四二年一一月一三日、昭和二五年東京都条例第四四号「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例」(以下「都公安条例」という。)一条に基づき、被申立人に対し、別紙三記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したこと、および被申立人が同月二〇日付をもつて、別紙三記載のとおり、「公共の秩序を保持するためやむを得ない場合」に該当することを理由として右申請にかかる集団示威運動の進路を変更する旨の条件を付してこれを許可し、同月二三日、申立人に対し右条件を付した許可書を交付したことが認められる。
以上の事実関係のもとにおいては、集団示威運動の本質にかんがみ、本件執行停止の申立ては、処分により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるものと認めるのが相当である。
2、被申立人は、本件申立ては付款たる条件の一部すなわち進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるものであるが、行政処分に付された付款は処分と不可分一体をなすものであるから、付款が違法である場合でも付款の違法を理由として処分自体の取消しを求めるべきであつて付款のみを処分から切り離してこれを独立に争う訴えは許されないと主張する。しかし、行政処分に違法な付款が付された場合、その瑕疵が処分全体の無効原因または取消原因となるものと付款のみの無効原因または取消原因となるものとが考えられる。その瑕疵を争う場合、後者の場合には行政処分の一部取消訴訟を提起することができるものと解すべきである。本件の場合、公安条例は許可制を採用しているが、その実質は届出制と解すべきであるから、本件の如く許可に条件が付された場合、その条件に無効原因あるいは取消原因となる瑕疵があつても許可処分まで無効または違法となると解すべきでないことはいうまでもなく、したがつて、前記の後者の場合にあたるから、条件のみの無効あるいは取消事由を主張して、許可に付された条件のみの取消訴訟等を提起することができるものと解せられる。この点にかんする被申立人の主張は理由がない。
3、ところで、憲法の保障する集団示威運動による表現の自由は、どの国においても認められている普遍的原理であるから、日本国民のみならず外国人であつても日本国にあつてその主権に服している者にはこれが保障されていると解すべきである。また、都公安条例三条一項は、「公安委員会は、前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。」とし、また、「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」に関し必要な条件をつけることができる旨を規定しているが、これらの規定は、右憲法が保障する表現の自由を必要かつ最小限度において制限するものである。したがつて、日本にあつてその主権に服する申立人ら外国人のする集団示威運動についても、日本国民と同様に上記都公安条例の規定による必要かつ最小限度の制限が許されるにすぎないものと解すべきである。事件において、被申立人は前示のとおり、申立人の本件許可申請を許可するにあたり、進路変更等の条件を付したが、右進路変更の条件を付するについて、前記「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」または「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するため、やむを得ない場合」であつたことを認めるべき資料はみあたらない。それゆえ、本件許可につき、進路変更に関し申立人主張のような条件を付したことは、被申立人において前記、都公安条例の規定の運用を誤まつたもので違法といわざるをえない。
被申立人は、外交関係に関するウイーン条約(昭和三九年六月二六日条約第一四号)二二条二項には「接受国は侵入または損壊から、使節団の公館を保護するため、及び公館の安寧の妨害または公館の威厳の侵害を防止するための適当なすべての措置をとる特別の責務を有する」と規定されており、外交使節団が数多く所在する東京都においては公館の安寧の妨害、威厳の侵害等の行為は、都公安条例の保護法益たる公共の秩序に対する侵害にあたると主張するが、しかし、都公安条例の保護する法益は、地方公共の安寧、秩序を維持して住民および滞在者の生命、身体、自由等の安全を保持することであつて、外国公館の安寧等も右の限度においてのみ保護されるものであつて、右の限度をこえて、都公安条例の保護を受けるものとは解されない。
4、さて、日本国憲法九八条二項は、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定しており、日本国として、前記外交関係に関するウイーン条約もまたこれを誠実に遵守するを必要とすることはもちろんであつて、右条約の遵守を怠るときは、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれが生ずる場合があることも一般論としては考えられないわけではないが、しかし、本件においては、疎甲第七号証、同第八号証、疎乙第一三号証の二等によれば、前記台湾青年独立連盟は、本月一八日においても参加人員、目的、進路等において本件とほぼ同様の集団示威運動の許可申請をなし、進路の変更に関し本件と同様の条件を付されて許可を受け、集団示威運動を行なつたが、右集団示威運動に参加した者の中に一部若干過激なスローガンを記載したプラカードを掲げていた者があつたけれども、右集団示威運動は子供連れの主婦らもまじえ、整然と秩序をもつて行なわれたことが認められ、右事実とその他本件疎明資料をもつてしても、いまだ本件において申立人の申請どおりの進路による集団示威運動が前記条約による「公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害」を生じ、行政事件訴訟法二五条三項にいわゆる「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある」ものとは認められない。
四 結論
よつて、申立人の本件申立てを正当として認容し(この場合においては行進の進路は本件許可申請書記載のとおりとなるものと解するのが相当である。)、申立費用は被申立人に負担させることとして、主文のとおり決定する。
(裁判官 杉本良吉 中平健吉 岩井俊)
別紙一
申立の趣旨
申立人の許可申請にかかる昭和四二年一一月二四日実施の、行進順路を別紙図面のとおりとする集団示威運動について、被申立人が昭和四二年一一月二〇日付でした許可に付した条件のうち、四、進路の変更に関する事項「公共の秩序を保持するため申請にかかる集団示威運動の進路、日比谷公園―霞ケ関―虎ノ門―溜池―六本木―材木町―桜田町―有栖川公園前解散を次の通り変更する。日比谷公園西幸門内―霞ケ関派出所交差点左―虎ノ門交差点右―溜池交差点左―六本木交差点―材木町交差点―霞町交差点左―日赤下交差点左―盛岡町派出所前右―有栖川記念公園前(解散地)」の部分の効力を停止する。
申立費用は被申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の理由
一、行政処分の存在
申立人は台湾青年独立連盟の組織部長として、同連盟員を中心として、昭和四二年一一月二四日、同月二七日に来日する中華民国国防部長蒋経国の来日に反対の意思を表示するため、日比谷公園から港区元麻布三丁目四番地所在中華民国駐日大使館前を通り有栖川公園まで集団示威運動を行うべく、昭和四二年一一月一三日東京都公安条例第一条に基き被申立人に対し、別紙申請書記載のとおり、右集団示威運動の許可を申請したところ、被申立人は同月二〇日付を以つて申請の趣旨記載のとおり、右許可申請にかかる集団示威運動の行進順路を変更する旨の条件を附して、中華民国大使館前の通過を禁止する旨の条件付許可処分をなした。
二、本件処分の違法性
(一) 右処分は、東京都公安条例第三条第一項にもとづきなされたものであることは明らかであるが、同項は「公安委員会は前条の規定による申請があつたときは、集会、集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合の他はこれを許可しなければならない。」とし、また「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合の進路、場所又は日時の変更に関する事項」に関し必要な条件を付することができる旨規定している。
しかしながらこれらの規定は、憲法が保障し、かつ民主主義社会存立の基盤ともいうべき表現の自由の一環として、マスコミによる表現の手段を持ちえない一般国民のもつ誰一の表現の手段ともいうべき集団行動による表現を規制するものであるから、その解釈・運用にわたつては、いやしくも公安委員会がその権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実に、平穏で秩序ある行動まで制限・抑圧することのないよう戒心すべきはいうまでもないところである。
この点は、昭和二九年一一月二四日最高裁大法廷判決(刑集八巻一一号一八六六頁)、昭和三五年七月二〇日最高裁大法廷判決(刑集一四巻九号一二四三頁)も強調するところである。
(二)、然るに本件処分は、右各条項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」または「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」になされたものとは到底いいえない。
即ち本件集団示威運動は、その目的は前述の通り国府国防部長蒋経国の来日に反対することであるが、参加予定人員もわずか二〇〇人である。主催団体である台湾青車独立連盟は我国内においてはあくまでその法秩序に従い、合法活動をつづけることを活動方針としているものであり、過去九回の集団示威運動においても一度も違法行為等はなく、その他の活動においても同様である。
本件条件付許可処分には、既に秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項、交通秩序維持に関する事項等についてきびしい条件が付せられていることをも考えるならば、本件処分は平穏な集団示威運動に付せられた違法な条件といわざるを得ないのである。
三、本件処分がなされた理由は、推察すれば、本件集団示威運動のコースが中華民国大使館を通ることにあるのではないかと思われる。確かに我国も批准している外交関係に関するウイーン条約の二二条は、その二項において、「接受国は、侵入又は損壊に対し使節団の公館を保護するため及び公館の安寧の妨害又は公館の威厳の侵害を防止するため適当なすべての措置を執る特別の責務を有する」と規定している。
しかしながら、仮に被申立人がこの規定の存在を理由に本件処分をなしたものとしても、尚本件処分は違法たるを免れない。
右規定は、侵入又は損壊に対する使節団の公館の保護、公館の安寧の防害又は公館の威厳の侵害の防止をうたつてはいるが、それが公館の付近における憲法に保障された合法的な手段による秩序正しい表現の自由の行使をまで制限禁止するものとは到底解されないからである。
現に、わが国において、外国大公使館の所在地附近においては、集団示威運動を許さないとするいかなる法規も存在しておらないばかりでなく、現実にも屡々大公使館前道路が、同大公使館の所属する国に対する集団示威運動のため使用されてきたのである。
例えば、「ヴエトナム戦争反対」の意思表明を目的としてなされたアメリカ大使館前を通る「ヴエトナムに平和を!市民連合」(べ平連)、ベトナム反戦国際統一市民文化団体実行委員会の集団示威運動がそれぞれ本年一〇月六日、一〇月二一日の二度にわたつて申請どおり許可され、慶応大学全塾自治会の右同様の集団示威運動が本年一一月二日申請どおり許可されてきたのである。
更に本件についていえば、本件集団示威運動の前述の目的からして、国府大使館前を通り、その趣旨を訴えることが何より重要なのであつて、他のコースを通ることは本件集団行動の意義と効果を大巾に失わせることとなる点に注意がされねばならない。
そもそも東京都公安条例にいう「許可」は、前述の各最高裁大法廷判決の趣旨からいつても、本来「届出」の性質なのであるから、公安委員会が、集団示威運動の目的やその当否、内外の政治的反響等を考慮して許可不許可を決したり、条件を附したりすべき性質のものでは全くないのである。もし、大公使館附近の集団示威運動を一切認めないというのなら、それは立法によつて行うべきものであり、又時々の政治的社会情勢等によつてその当否や条件を公安委員会が附するというのなら、それこそ一行政機関の恣意によつて憲法上の基本的権利の行使が制約をうけることとなり、「届出制」とは異質のものとなる。
四、以上本件処分の違法はきわめて明白だといわなければならない。
申立人は、本日右処分の取消を求める訴訟を御庁に提起した。しかしながら、本件集団行進の実施日は本年一一月二四日であり、このままにして本案訴訟の結論を待つていたのでは、台湾青年独立連盟が所期の集団行動を実施することは下可能となり、後日では回復しがたい損害をこうむることは明らかである。
申立人が本件集団行動の主催者たる台湾青年独立連盟の組織部長として、又自らも右行動に参加するものとして、本執行停止の申立に及び所以である。
尚付言すれば、東京都公安条例によれば、集団行動の許可は実施日の二四時間前になせば足りるものとされ、又、被申立人の処分は現実にも実施予定日の二四時間前ぎりぎりになされているので、この処分に対する司法的救済は執行停止の方法によるほかはこれをうけえない実情にある。
裁判所がこの点に留意され、勇断をもつて本執行停止決定をされるよう強く希望するものである。
疎明方法<省略>
別紙二
意見書
意見の趣旨
本件申立てを却下する。
申立費用は申立人の負担とする。
意見の理由
第一 本訴ならびに本件申立ては不適法なものである。
一 本訴請求の不適法について
相手方は、申立人の昭和四二年一一月一三日付集団示威運動許可申請に対して、昭和四二年一一月二〇日付をもつて同月二三日条件付許可処分を行なつた(疎乙第一号証の一、二)。
右条件、「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第四四号)」(以下単に東京都公安条例という。=疎乙第二号証)第三条第一項但書の規定に基づいて右申請を許可するに際し付したのであるが、この場合の条件は、「行政行為の付款」であるから、主たる意思表示である許可処分に付随し、これと一体不可分の関係にあるのである。
したがつて、仮に右条件の付与が違法であるとすれば、付款の違法を理由として、右許可処分全体の取消しを求める以外に方法はないのであるから、付款たる条件自体の取消しを求める本訴請求は不適法といわざるを得ないのである。
二 本訴執行停止申立ての不適法について
ところで、本件申立ては、付款たる条件の一部すなわち、進路変更の部分についてその効力の停止を独立に求めるのであるが、行政処分に付された付款は、処分と不可分一体をなすものであるから、付款が違法の場合においても付款の違法を理由として処分自体の取消しを求むべきであつて、付款のみを処分から切り離して取消訴訟の対象とすることはそれ自体背理であるのみならず、付款の違法を理由とする処分の取消判決があれば、行政庁はその拘束をうけながら新たな行政処分を行なうことによつて申立人の救済目的は達せられるのであり、またその方法によつてのみ行政と司法の調整をはかる行政事件訴訟法の趣旨に適合し得るものというべきだからである。そして、もし付款のみの取消しの訴えが許されて、しかもその取消判決により付款のみが失効して処分自体は存続すると解するにおいては、行政庁としては付款のない行政処分は未だ行なつていないのに、裁判所が行政庁に代つて付款の付されない新たな行政処分をしたに等しい効果を認めることになり(付款は前述のとおり許可処分と不可分一体であるから、付款を付しえないとすれば不許可処分をすることになる場合もありうるわけである。)、これは三権分立の建前上許されないものであることは明らかであろう。
このことは、行政処分の執行停止においては一層強い意味合いにおいていいうることである。すなわち、裁判所は本案前の暫定措置としては行政処分の効力、執行または手続の続行を停止することだけが認められていて、それ以上の積極的な措置をとることは法律上認められていないのであるから、付款のみの効力停止により行政庁が付款のない行政処分をしたと等しい効果を創出しようとすることの許されないことはいうまでもないことである。
したがつて、本件許可処分の進路変更の条件の部分の効力停止を求める本件申立ては、不適法な申立てであるといわなければならない。
第二 相手方が申立人に対して行なつた許可処分は適法妥当であり、申立人の本案請求は理由がなく、本件執行停止の申立てを容認することは公共の福祉に重大な影響がある。
一 外国人の政治的自由の限界と本件処分の合理性
日本国憲法の基礎的な構造である国民主権の政治形態は、日本国の政治外交の方針決定に外国人の参加を許すものではない。また、逆に外国人が日本国の決定された政治外交方針に有害な政治行動を行なう自由を日本国内において憲法上享受するはずもないのみならず、却つてこのような政治的行動は国民主権の外にある外国人なるが故に制約をうけて然るべきもので、その点が日本人の反対勢力の行動とは全く性質を異にするといわなければならない。これが国民主権を基本とする政治形態をとる近代国家の当然の公法的な原則であると考えられる。このことは、一般に外国人が参政権や入国について制限をうけていることと根本において同じ理解にもとづくというべきである。
このたびの蒋経国氏の来日は、公賓として日本国政府が決定した外交事務に属し、これに対し日本国内において行なわれる台湾青年独立同盟の反対行動は、表現の自由には違いないが、そして外国人といえども表現の自由は近代国家において尊重されなければならないものではあるが、本件の如き大衆運動としての政治的行動である場合に、日本国憲法を以て当然に保護されねばならない性質のものとはいえない。
以上の法理を前提とすれば、本件集団示威運動許可申請に対し、その政治行動の直接的な危険性を認むべき中華民国大使館前の通過を制限する条件を付して許可する方針をとつた相手方の判断は、できる限り外国人の表現の自由を尊重しつつ憲法法理に照らして東京都公安条例を運用しているものと考える。
すなわち、東京都公安条例の法益は単に東京都という地方公共団体の住民の利害に直接かかる法益のみに限定さるべきものではなく、それと一体となつて入つてくる国益は当然に東京都公安条例の法益として判断せざるを得ないからである。
二 主催団体の性格
台湾青年独立連盟(以下連盟という。)は、日本国籍を有しない台湾青年をもつて組織された国体で、その綱領において、現在の中華民国政府に関し、「蒋介石占領政権が台湾に亡命し、台湾に居座つたことは台湾人の独立の願望と完全に背反する。一、一〇〇万の台湾人は蒋占領政権の独裁と恐怖政治のもとにおかれ、その植民統治をうけている。」と規定し、「われわれは、台湾人を組織し、国民党の一党専制と秘察警察制度を徹底的に紛砕しなければならない」と主張して、中華民国政府をてん覆し、台湾に革命政権を打ち樹て台湾の独立を図ろうとする団体である(疎乙第三号証)。
そして、この連盟は、昭和三五年二月一日結成された「台湾青年社」なる団体が、昭和三八年五月一一日「台湾青年会」と改称し、さらに同年八月一〇日現在の名称に変更したものであるが、右台湾青年会の規約(疎乙第四号証)によると、同会は、普通会員および特別秘密会員とをもつて構成し、「特別秘密会員の身分の秘密は本会の名誉において厳守される。」、「会員の脱退は、これを認めない」と規定する等、きわめて秘密結社的性格の強い政治活動団体であり、これがそのまゝ連盟に受けつがれ現在の連盟員の数について某幹部は、公表会員約四〇名、特別秘密会員は公表会員数の約四倍であると称している。
ところでこの連盟の構成員は、昭和三六年一〇月九日および一〇日に開催された東京華僑総会主催の双十節慶祝前夜祭および同慶祝祭の会場に落書きしたり、ビラを撤布したり(疎乙第五号証)、また昭和三九年六月二二日には中華民国大使館に連盟の動静を通報したことを理由に同僚を一室に監禁して連盟の現幹部七名が集団で暴行を加えて傷害を負わせたり(疎乙第六号証)、昭和四二年九月二六日にはわが国での滞在期間が切れた二名の連盟員が出入国管理令第二四条により退去を命ぜられたことに抗議して東京入国管理事務所前にすわり込んだあげくハンストを行なつたりする(疎乙第七号証)等過激な行動経歴をもつているのである。
三 外国公館とその周辺における秩序保持の必要性
我が国は、昭和三六年四月一八日オーストリアの首都ウイーンで作成された「外交関係に関するウイーン条約」(疎乙第八号証)に同三七年三月二八日署名し、同三九年五月八日国会でこれを承認し、同年六月八日批准書を寄託して同年七月八日その効力を発生せしめた。
条約について、憲法第九八条第二項は、「日本国が締結した条約および確立された国際法規はこれを誠実に遵守することを必要とする。」と規定している。
ところで、右条約第二二条第二項によると「接受国は侵入または損壊から、使節団の公館を保護するため、及び公館の安寧の妨害または公館の威厳の侵害を防止するための適当なすべての措置をとる特別の責務を有する。」とされているのであるが、東京都公安条例第三条第一項但書第六号にいう公共の秩序とは、東京都の地域内において法令上または社会慣行上確立している社会生活の平穏な遂行をいうものであり、「外交関係に関するウイーン条約」により保護されている外国公館の事務が正常に行なわれる状態もその内容をなすものであることはいうまでもない。
そして、東京都内には七六か国の外国公館が所在し(疎乙第九号証)、そこにはそれぞれの派遣国を代表する外交使節団が滞在して業務を行なつている実情にあるが、過去において使節団派遣国の政策に反対して、当該使節団の公館を目標として集団示威運動を行なつてその公館の安寧を侵害した事例
(一) 昭和三二年五月一七日、夜学連がイギリスのクリスマス島における水爆実験に抗議するための集会および集団示威運動を約二、〇〇〇名の学生の参加のもとに行なつた際、約二〇〇名の学生が集団示威運動の解散後、イギリス大使館に押しかけ、そのうち数名が同大使館構内に侵入した事例(疎乙第一〇号証)
(二) 昭和三三年四月一日、全学連および反戦学同さん下の学生約七〇名がアメリカのエニウエトク環礁における水爆実験の中止を要求して無許可の集団示威運動を行なつた際、守衛の制止を無視してアメリカ大使館構内に侵入、同構内において激しいだ行進、うず巻き行進を敢行するほか、警備に従事していた警察官を殴打する等の暴行を加えて三名が検挙されるなど、同大使館の安寧を害した事例(疎乙第一一号証)
(三) 昭和三七年二月一五日、「四イリアンに向うオランダ航空機の羽田着陸反対および西イリアン解放要求の日本人へPR」を目的として行なわれた在日インドネシア留学生協会主催の集団示威運動に際しては、これに参加した在日インドネシア留学生約一九〇名が港区芝栄町一番地所在のオランダ大使館侵入を企図して同大使館の窓ガラスおよび自動車を投石により損壊したほか、数名が同大使館構内に侵入し、オランダ国旗を引き降す等の不法行為を敢行して三名が検挙されるなど、同大使館の安寧を侵害した事例(疎乙第一二号証)
等があり、東京都の区域内における公共の秩序の保持について責務を有する東京都公安委員会としては、外国公館の周辺において、集団示威運動が行なわれる場合は、常に当該集団示威運動により公館の安寧の妨害、公館の威厳の侵害等をもたらすおそれがあるかどうかについて慎重に検討し、公共の秩序保持にあたつているところである。
前述したとおり外交使節団の公館が数多く所在する東京都においては、公館の安寧の妨害、威厳の侵害等の行為が加えられることがあれば、それはとりもなおさず、東京都公安条例の保護法益たる公共の秩序に対する侵害にあたるといわなければならない。
四 本件処分の必要性
本件許可申請にかかる集団示威運動は、一一月二七日に公賓として来日する予定の中華民国政府国防部長蒋経国の来日(疎乙第一三号証の一)に反対するために中国大使館前をその進路の一部として計画されたものである。
ところで、本件集団示威運動の主催団体は、前記一に述べたように「蒋介石占領政権が台湾に亡命し、台湾に居座つたことは、台湾人の独立の願望と完全に背反する。」旨主張している(疎乙第三号証)ところであるが、本件申請手続に際しても、台湾青年独立連盟組織部長候栄邦は在日中華民国大使館を「蒋大使館」と許可申請書に表示し(疎乙第一号証の一)、中華民国政府の存在自体を否定する立場を明らかにしている。
そして、主催団体は本年一一月一八日にも同一の目的で集団示威運動を行なつたが、その際、
「殺人鬼蒋介石親子」
「打倒蒋政権」
「自由の敵、国府のベリア蒋経国」
「蒋介石親子は人類の敵」
「蒋経国来日反対」
等と著しく侮辱的言辞を記載したプラカードを掲げて行進を行なつた(疎乙第一三号証の二)。
およそ外国公館に対して影響を及ぼすような集団示威運動にあつては、これに使用されるブラカードは派遣国に対して侮辱的なものであつてはならないとするのが通説(フイリツプ・カイエ著現代外交官特権(仏文)二一六―二二一頁参照)であるが、前記のような過激なスローガンはそれ自体派遣団を著しく侮辱するものと認められる。これが証左として昭和三六年九月三〇日に中華民国駐大阪総領事館に「台湾共和国大阪総領事館」と記載した表示板を掲げ、「支那人は支那へ帰れ」等と大書した事案および同日、中華民国大使館前において集団示威運動に参加するため同所を通過中の者が中華民国政府を侮辱するスローガンを叫んだ事案を指摘して、中華民国大使館から日本政府に対し口上書により抗議の申し入れがなされた事例がある(疎乙第一四号証)。さらに、本年一一月一五日、中華民国大使館の正門の国章および塀等に「留日華僑反対蒋経国来日売国闘争委員会」の名で「売国奴蒋経国来日反対」等の文言を記載した文書をみだりに貼付した事案があり、これに対して中華民国大使館当局から麻布警察署長あて抗議の意思表示がなされた経緯もある(疎乙第一五号証)。
本件申請にかかる集団示威運動は、蒋経国が来日する予定日の直前である一一月二四日に行なわれるものであつて、本件の場合も前記同様のスローガンを掲げて行なわれることは十分予測されるところであり、主催団体の性格、主張等からして本件集団示威運動が申請どおりの進路で行なわれた場合には単なる侮辱的言行にとどまらず興奪激昂して、公館の安寧の妨害、または威厳の侵害等が加えられることは明らかであると認められる。
加えて、最高裁判決(昭三五、七、二〇最高裁大法廷判決、最刑集一四―九―一二四三)も「集団行動による思想の表現は、単なる言論、出版等によるものとは異なつて、現存する多数人の集合体自体の力、つまり潜在する一種の物理的力によつて支持され、この潜在的な力は、あるいは予定された計画に従い、あるいは突発的に内外からの刺激、せん動等により群集心理のおもむくところ、きわめて容易に動員され得る性質のものでこの場合に平穏静粛な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒と化し勢のおもむくところ実力によつて法と秩序をじゆうりんし集団行動の指揮者はもちろん警察力をもつてしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在すること群集心理の法則と現実の経験に徴して明らかなところである」と指摘している。
以上のような次第で相手方は公共の秩序を保持するためやむを得ない必要最小限度で条件を付して許可することとし、本件許可申請路「材木町交差点~中華民国大使館前~盛岡町派出所前」の間(約〇、七キロメートル)を、「材木町交差点~霞町交差点~日赤下交差点前」の間(約一、二キロメートル)に変更する条件を付したのである。
よつて相手方が申立人に対して行なつた許可処分は適法妥当であり、申立人の本案請求は理由がない。
また、本件集団示威運動は、わが国と正常な外交関係を有する中華民国大使館を目標になされようとするものであつて、本件集団示威運動によつて同大使館の安寧の妨害、威厳の侵害等があつた場合、正常な国交関係に著しい影響を及ぼし、前記理由と相まつて公共の福祉に重大な影響があるといわざるを得ない。
第三 本件申立てには処分の執行によつて生ずる回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。
申立人は、前記のとおり、中華民国大使館に対して、集団で侮辱的言動をするがために本件集団示威運動を計画したものであるが、かかることが我が国の憲法の理念に反し、接受国としての信義に背くことは頗る明らかなことである。しかして、仮に申立人らにかかる意図がなく昭和三五年最高裁判決の示す如く申立人らの思想、主張を単に、かつ広く日本国民一般に訴えんとするにあるというのであれば許可申請にかかる進路のうち「材木町交さ点から中華民国大使館前を経て盛岡町派出所前」に至る約〇、七キロメートルの間「材木町交さ点から霞町交さ点、日赤下交さ点を経て盛岡町派出所前」に至る約一、二キロメートル(この通りは申請にかかる進路よりも繁華街である)に変更したことによつて申立人が、その思想、主張を広く大衆に訴えることができないとは認められないのである。
よつて、申立人には本件許可処分の条件の効力停止を求むべき緊急の必要性は存しない。
第四 結語
以上のべたとおり本件許可処分における進路変更は、申立人の侮辱的言辞による公館の威厳の侵害を防止し、国際協調主義の理念を保持するためやむを得ず集団示威運動の持つ物理的な力の面に対する調整として、合理的な範囲内において付したもので、このことによつて申立人らの行動に多少の制約がなされたとしても、そのことをもつて相手方の許可処分が違法視される理由はなく、本件許可処分の正当であることについては疑いをいれる余地はないのである。
疎明方法<省略>
別紙三
集団示威運動許可申請書
一、主催者住所氏名所属、電話番号 新宿区富久町三三 台湾青年独立連盟組織部長 候栄邦 電話番号 三五一―二七五七
二、他府県の場合は連絡責任者所住氏名
三、実施月日 十一月二十四日
1 集合開始時刻 午前十二時〇分 5 集団示威運動出発時刻 午前十二時十分
6 解散時刻 午後一時四〇分
四、行進順路 別図の通り(日比谷公園―霞ケ関―虎ノ門―溜池―六本木―材木町―桜田門―有栖川公園解散)
五、集会場所 日比谷公園西幸門内
六、解散場所 有栖川公園前
七、主催団体名 台湾青年独立連盟
八、参加予定団体およびその代表者住所氏名 台湾青年独立連盟 辜寛敏 新宿区富久町三三
九、参加予定人員 二〇〇名 宣伝カー六台
十、集会又は集団示威行進の目的 蒋経国来日反対のため
十一、集会又は集団行進の名称 蒋経国来日反対台湾独立デモ行進
十二、現場責任者の住所氏名 新宿区富久町三三 候栄邦
昭和四十二年十一月十三日
右候栄邦
連絡先電話番号 三五一―二七五七
東京都公安委員会殿
東京都公安委員会指令第一、一一一号
申請の件別紙条件をつけてこれを許可する。
昭和四十二年十一月二十日
東京都公安委員会
この処分について不服があるときは、東京都公安委員会(警視庁警備部警備課経由)に対して、この処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内に異議申立てをすることができます。
道路交通法第七七条第一項の規定により許可する。
昭和年月日
丸の内警察署長
この処分について不服があるときは、東京都公安委員会(警視庁交通部交通規制課経由)に対して、この処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内に審査請求をすることができます。
昭和四十二年十一月二十四日 台湾青年独立連盟主催集団示威運動
条件書
一 交通秩序維持に関する事項
1、行進隊形は四列縦隊とすること。
2、だ行進、うずまき行進、ことさらなかけ足行進・おそ足行進・停滞、すわり込みまたはいわゆるフランスデモ等交通秩序をみだす行為をしないこと。
3、宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。
4、旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとすること。
5、旗ざお等を利用して隊列を組まないこと。
二 危害防止に関する事項
1、鉄棒、こん棒、石その他危険な物件を携帯しないこと
2 旗さお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、または危険な措置を施さないこと。
三 秩序保持に関する事項
解散地では到着順にすみやかに流れ解散すること。
四 進路の変更に関する事項
公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路を次の通り変更する。
日比谷公園西幸門内―霞が関派出所前交差点左―虎の門交差点右―溜池交差点左―六本木交差点―材木町交差点―霞町交差点左―日赤下交差点左―盛岡町派出所前右―有栖川記念公園前(解散地)
(図面省略)